練習生募集のチラシ握って玄関に立った男
年齢といい体格といいあまりに場違いで
困り顔のトレーナーは言った
「人には向き不向きがあるものだ」
その日を境にひとりのボクサーが生まれた
一日の仕事終わって9時からすぐ練習
足元もおぼつかずにサンドバッグに打たれている
隠しもせずみんな笑った
「ほらほら クラゲのダンスだぜ」
男は黙って通い続けた 毎日
失うことを恐れて
何も手にしてこなかった
言わばもう敗れたはずだ
いまさら何を取り戻すのか?
燃えてるんだか何だか知らないが
まるで道化じゃないか痛々しい
やめろよ やめなって
自問に対して自答するなら
一度限りなんだこの人生は
何も無くていいはずないだろ
理由なんて探す暇あるなら
右の拳をもっと深く打ちぬけ
練習用シューズのかかとのゴムもずいぶん減ったある日のこと
同じジムの有望株と試合を組むという
かませ犬ならまだマシだ
「そろそろあきらめさせたほうがいい」
それでも男は帰り道にガッツポーズ 何度も
とうとうその日が来た
震えて仕方が無かった
すべてはわかっていたはずだ
勝ち目はないぞ 笑われてるぞ
ちぎれそうな心にバンテージ
興味本位のギャラリー待つリングヘ
眩暈と恐怖
無情のゴングは鳴り響いた
黒光りのグローブは容赦なく
男の顔面とボディを壊していく
これが現実なんだよシロートさん
左ストレートを最後に男は崩れ落ちた
次の瞬間誰もがその目を疑った
倒れたはずの もうダメなはずの
男が立った
答えなんか元々あるわけない
栄光も夢も関係ない
欲しいのは 欲しいのは
僕が僕である証だ
一度限りなんだこの人生は
何も無くていいはずないだろ
理由なんて探す暇あるなら
右の拳をもう一度打ちぬけ
打ちぬけ