アルケディアの丘で洗濯の準備をする一角獣が、
ミシンの縫い目を気にしながら咳ばらいをすると、
血色のいい郵便配達人が
「ああ、この家もまたもうまもなく売りにだされるのだな」
と自分のポケットから走り書きのような何かをとりだし、
オレンジ色の犬が三回吠えると
郵便配達人は靴についた泥を払いながら
まもなく日が暮れてゆくのを感じていた。
一時間前に会った四十代の婦人が
そのあまりにもどうどうとした美しさを見せつけていたので
郵便配達人の記憶は分解し、拡散し、分裂し、解体した。
行き場をなくした一角獣は
郵便配達人の脳味噌の断片を拾いあげ、
哀しいというのではなく
もっと複雑にこんがらがった
深い徒労感に近い感情にくるまれながら
誰にも聞き取れない特別な声で歌を唄いだした。
その声はあたり一帯、谷中に響き渡り、
やがてひまわり畑にまで届こうとしていたので、
僕は走った。走って走って走って
岬の端の橋のたもとまで走った
やがて走り疲れて、
たどり着くとそこはアンティチョークの畑の中
洗濯の準備をする一角獣が、遠くで俺を見つめている
俺はそっと一角獣に近寄ってせき払いをしながらこう聞いた。
「郵便配達人はどこへ行った?」
すると一角獣は首を振ってこう言った
「残念ながらあの家は、もうずっと昔に売りに出ました」
アルケディアの丘の上で、
アルケディアの丘の上で…